クラメルの公式と行列式の導出に関する一考察

数学

線形代数を学ぶ上で欠かせない「行列式」という概念がありますが、初学者が最初に目にするのは「置換」を用いた以下のような式ではないでしょうか。

$$ {\rm det}(X) = \sum_{\sigma \in S_{n}} {\rm sgn}\sigma \ x_{1\sigma(1)} x_{2\sigma(2)} \ldots x_{n\sigma(n)} $$

ほぼすべての人が、最初にこれを見た時に面食らうはずです。というのも、「置換」という概念がいきなり導入されたと思ったら訳の分からない数式で定義されて、その意味を説明されないまま説明が進んでいく。。。というのがよくあるパターンだからです。

大学の数学は、定義からスタートして矛盾なく各種定理・概念の性質を導出していくというスタイルをとるために、天下り的に定義が与えられて議論がスタートということが往々にしてあります。この議論は、間違いがないものの「何故その定義なのか?」が見えないことが多いです。

今回は、この「なんか良く分からんが突然定義される行列式」がどこから出てくるのか?ということに主眼をおいて解説してみようと思います。

行列式は、歴史的には「連立1次方程式の解の公式」を導出する際に出てきたという経緯があります。これを念頭に置き、連立方程式の解の公式(=クラメルの公式)を導出、その際に出てくる「多重線形性」「交代性」を持つ写像と行列式が対応することを説明していきます。

連立1次方程式の解の公式

今回解きたい連立1次方程式は、行列\(A\)を用いて以下のように書けるものとします。

$$ Ax = b $$

ただし、\(A\)は\(n\)次正方行列で、各列ベクトルが \(a_{1}, a_{2}, \ldots , a_{n}\) と表されるものとし、\(x\)と\(b\)は\(n\)次元数ベクトルとします。

では、この連立方程式の解の公式を導出してみます。

まず、\(Ax = b\)という式は、以下のように変形できます。

$$ x_{1}a_{1} + x_{2}a_{2} + \ldots + x_{n}a_{n} = b $$

\(x_{i} \ \ (i=1,2,\ldots,n)\) は、ベクトル \(x\) の各成分とします。
ここで、\(A\)の各列ベクトルを入力とし、スカラーに対応付ける写像 \(F:M_{n}(\mathbb{R}) \rightarrow \mathbb{R}\) を考えます。ここで\(M_{n}(\mathbb{R}) \)は\(n\)次実正方行列全体の集合を表します。

この写像\(F(a_{1}, a_{2}, \ldots , a_{n}) \)は、以下の2性質を持つものと仮定します。

  1. 多重線形性
    $$
    \begin{aligned}
    F(a_{1}, \ldots, a_{j}^{\prime} + a_{j}^{\prime\prime}, \ldots , a_{n}) &= F(a_{1}, \ldots, a_{j}^{\prime}, \ldots, a_{n}) + F(a_{1}, \ldots, a_{j}^{\prime\prime}, \ldots, a_{n}) \\
    F(a_{1}, \ldots, ca_{i}, \ldots, a_{n}) &= c \ F(a_{1}, \ldots, a_{i}, \ldots, a_{n})
    \end{aligned}
    $$
  2. 交代性
    $$
    F(a_{\tau(1)}, \ldots, a_{\tau(i)}, \ldots, a_{\tau(n)}) = {\rm sgn}\tau \ F(a_{1}, \ldots, a_{i}, \ldots, a_{n})
    $$

このような\(F(a_{1}, \ldots, a_{i}, \ldots, a_{n})\)について、\(a_{i}\) を連立方程式の右辺 \(b\) に置き換えてみます。多重線形性を用いると、以下のように変形できます。

$$
\begin{aligned}
F(a_{1}, \ldots, b, \ldots, a_{n}) &= F(a_{1}, \ldots, x_{1}a_{1} + x_{2}a_{2} + \ldots + x_{n}a_{n} , \ldots, a_{n}) \\
&= \sum_{j=1}^{n}x_{j} \ F(a_{1}, \ldots, a_{j}, \ldots, a_{n})
\end{aligned}
$$

ここで、\(F\) の交代性より、\(j\neq i\)のとき、\(F(a_{1}, a_{2}, \ldots, a_{j}, \ldots, a_{n}) = 0\)となるので、上記の式は以下のように整理することができます。

$$
F(a_{1}, \ldots, b, \ldots, a_{n}) = x_{i} \ F(a_{1}, \ldots, a_{i}, \ldots, a_{n})
$$

したがって、\(F(a_{1}, \ldots, a_{i}, \ldots, a_{n}) \neq 0\)のとき、\(x_{i}\)は以下のように求めることができます。

$$
x_{i} = \frac{F(a_{1}, \ldots, b, \ldots, a_{n})}{F(a_{1}, \ldots, a_{i}, \ldots, a_{n})}
$$

これが連立1次方程式の解の公式に相当します。このような\(F\)は具体的にどのような形をしているのかについては次節で触れます。
※ オチを先に言うと、このような写像は行列式を定数倍したものになります

なお、\(F\)の交代性により、\(j\neq i\)のとき、\(F(a_{1}, \ldots, a_{i-1}, a_{j}, a_{i+1}, \ldots, a_{n}) = 0\) (つまり、\(F\)の引数に同一のベクトルが存在するとき、その値が0)となることについては、次のように示すことができます。

\(F\)の引数のうち、同一のベクトルの組を\(a_{i}\), \(a_{j}\) とします (つまり \(a_{i}=a_{j}\)) 。このとき、\(i\) を \(j\) に、\(j\) を \(i\) に置き換え、残りの整数をそのままとする置換 \(\tau\) を考えると、写像\(F\)は以下のように変形できます(\(\tau\)は奇置換なので \({\rm sgn \tau}=-1\))。

$$
\begin{aligned}
F(a_{1}, \ldots, a_{i}, \ldots, a_{j}, \ldots, a_{n}) &= F(a_{1}, \ldots, a_{j}, \ldots, a_{i}, \ldots, a_{n}) \\
&= F(a_{\tau(1)}, \ldots, a_{\tau(i)}, \ldots, a_{\tau(j)}, \ldots, a_{\tau(n)}) \\
& = {\rm sgn} \tau \ F(a_{1}, \ldots, a_{i}, \ldots, a_{j}, \ldots, a_{n}) \ (交代性より)\\
& = \ – F(a_{1}, \ldots, a_{i}, \ldots, a_{j}, \ldots, a_{n}) \ (\tau は奇置換)
\end{aligned}
$$

左辺と右辺は符号を除いて一致するので、\(F(a_{1}, \ldots, a_{i}, \ldots, a_{j}, \ldots, a_{n})=0\)となります。

さて、ここまでの話の流れを一旦整理しておきましょう。

多重線形性と交代性をもつ写像\(F\)を考えることで、連立一次方程式 \(Ax = b\)の解が、次のように与えられると分かったのでした。

$$
x_{i} = \frac{F(a_{1}, \ldots, b, \ldots, a_{n})}{F(a_{1}, \ldots, a_{i}, \ldots, a_{n})}
$$

次節では、このような写像\(F\)が、行列式の定数倍と一致することについて解説していきます。
※ ちなみに、この写像\(F\)に正規性(単位行列を入力としたときの値が1)という条件を加えると、\(F\)は行列式に完全一致します。

多重線形性と交代性を持つ写像と行列式の関係

さて、前節で定義していた写像 \(F\) について、次の定理が成り立ちます。

【定理】行列式の特徴づけの定理

\(n\) 個の \(n\) 次元列ベクトルの組 \(x_{1}, x_{2}, \ldots, x_{n}\) に対して、スカラーを対応付ける写像\(F(x_{1}, x_{2}, \ldots, x_{n})\) が、多重線形性および交代性をもつならば、\(F\) は写像\({\rm det}\)の定数倍となる。
つまり、
$$
\begin{aligned}
F(x_{1}, x_{2}, \ldots, x_{n}) &= F(e_{1}, e_{2}, \ldots, e_{n}) \ {\rm det} (x_{1}, x_{2}, \ldots, x_{n}) \\
&= C \ {\rm det} (x_{1}, x_{2}, \ldots, x_{n})
\end{aligned}
$$

が成り立つ。ただし、\(e_{1}, e_{2}, \ldots, e_{n}\) は \(n\) 次元単位行列、\(C\) は定数である。

多重線形性と交代性の定義は前節を参照ください。

【証明】

証明の方針は、各ベクトルを単位ベクトルの線形結合で表し、多重線形性と交代性を用いて写像\(F(x_{1}, x_{2}, \ldots, x_{n})\)を変形、行列式と定数の項に分離するというものです。

\(e_{1}, e_{2}, \ldots, e_{n}\)を単位ベクトルとし、ベクトル\(x_{j}\) の各成分を \(x_{j1}, x_{j2}, \ldots, x_{jn}\) とすると、ベクトル\( x_{j} \) は次のように書けます。

$$ x_{j} = \sum_{i=1}^{n} x_{ij} e_{i}$$

あるベクトルは各単位ベクトルの成分倍を足し合わせて表現されるということを表しています。
これを用いて、\(F(x_{1}, x_{2}, \ldots, x_{n})\)を変形していきます。

$$
\begin{aligned}
F(x_{1}, x_{2}, \ldots, x_{n}) &= F\left(\sum_{i_{1}=1}^{n}x_{i_{1}1}e_{i_{1}},\ \sum_{i_{2}=1}^{n}x_{i_{2}2}e_{i_{2}},\ \ldots, \sum_{i_{n}=1}^{n}x_{i_{n}n}e_{i_{n}} \right) \\
&= \sum_{i_{1}=1}^{n}\sum_{i_{2}=1}^{n} \ldots \sum_{i_{n}=1}^{n} x_{i_{1}1}x_{i_{2}2}\ldots x_{i_{n}n}F(e_{i_{1}}, e_{i_{2}}, \ldots e_{i_{n}})
\end{aligned}
$$

最後の行については、多重線形性を繰り返し用いています。分かりにくい方は、 \(n=2\) くらいで確認してみると良いかと思います。

さて、最後の行における各項 \( x_{i_{1}1}x_{i_{2}2}\ldots x_{i_{n}n}F(e_{i_{1}}, e_{i_{2}}, \ldots e_{i_{n}}) \) について、\( i_{1}, i_{2}, \ldots, i_{n} \) のそれぞれは \( 1,2,\ldots,n \) のいずれかを代入したものです。

このとき、\( i_{1}, i_{2}, \ldots, i_{n} \) の中に同じ値のものが存在する、すなわち \( i_{k} = i_{l} \) となる \(k \neq l\)が存在するとき、写像\(F\) の交代性により\( F(e_{i_{1}}, e_{i_{2}}, \ldots e_{i_{n}}) = 0 \) となります。

一方、\( i_{1}, i_{2}, \ldots, i_{n} \) の値がすべて互いに相異なる場合、すなわち\( i_{k} = i_{l} \) となる \(k \neq l\)が存在しない場合、

$$
\sigma =
\left(
\begin{array}{cccc}
1 & 2 & \ldots & n \\
i_{i} & i_{2} & \ldots & i_{n}
\end{array}
\right)
$$

は\(n\)文字の置換となります。よって、このような\(\sigma\)に対し、\( \sigma(1) = i_{1}, \sigma(2) = i_{2}, \ldots, \sigma(n) = i_{n} \)であるから、

$$
\begin{aligned}
F(e_{i_{1}}, e_{i_{2}}, \ldots, e_{i_{n}}) &= F(e_{\sigma(1)}, e_{\sigma(2)}, \ldots, e_{\sigma(n)}) \\
&= {\rm sgn} \sigma F(e_{1}, e_{2}, \ldots, e_{n}) (交代性より)
\end{aligned}
$$

以上の考察から、\(F\)を変形した式における総和は、

  • \(i_{1}\) から \(i_{n}\) までダブりなく
  • \(1\) ~ \(n\) のすべての組み合わせ

総和を取るため、\(n\)文字の置換全体の集合 \(S_{n}\)を用いて以下のように書き換えることができます。

$$
\begin{aligned}
F(x_{1}, x_{2}, \ldots, x_{n}) &= \sum_{\sigma \in S_{n}} x_{\sigma(1)1} x_{\sigma(2)2}\ldots x_{\sigma(n)n} \ {\rm sgn}\sigma \ F(e_{1}, e_{2}, \ldots, e_{n}) \\
&= F(e_{1}, e_{2}, \ldots, e_{n}) \sum_{\sigma \in S_{n}} {\rm sgn} \sigma ~ x_{\sigma(1)1} x_{\sigma(2)2}\ldots x_{\sigma(n)n}
\end{aligned}
$$

最後の行の総和記号以下を見ると、これは行列式そのものを表しています(厳密には、転置行列の行列式)。
また、係数\( F(e_{1}, e_{2}, \ldots, e_{n}) \) は、単位ベクトルという定ベクトルを入力としているため定数です。
したがって、「多重線形性」「交代性」を持つ写像\(F\)は、行列式の定数倍に一致することが証明できました。

なんと、あの置換を用いた謎の定義は「多重線形性」「交代性」という性質だけから導けるものだったのです!
数学的に厳密に体系化する過程で見えにくくなってしまったのでしょうが、行列式の本質はとてもシンプルだったということですね。

まとめ

今回は、「連立1次方程式の解の公式」を求める流れから、「多重線形性」「交代性」を持つ写像の導入、そのような写像が行列式の定数倍に一致することについて説明してきました。
「あの定義は一体何なんだ!?」となっていた人も多いと思われますが、この流れならすっきり理解できるはずです。

具体的な数値に言及する証明も大事ですが、抽象度の高い塊の単位でで議論することを頭に入れておくと思考のリソース節約になります。特に線形代数など、成分で議論すると式が煩雑になりがちなところを「性質」だけで上手く議論するとすっきりとした証明ができることが多々あります。
情報のあふれる現代で重要な考え方の1つだと個人的に思っています。

では、今回は以上とします。
次回は、今回証明した定理を用いて、行列式の性質をすっきり証明する方法を紹介する予定です。

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