「積の行列式 = 行列式の積」を成分計算なしに示す方法

数学

前回の記事「クラメルの公式と行列式の導出に関する一考察」の続きにあたる記事です。

この記事では、連立一次方程式の解の公式(クラメルの公式)を「多重線形性」「交代性」を持つ写像を用いて表すところからスタートし、そのような写像がいわゆる「行列式」の定数倍と一致するということを解説しました。その中で、いわゆる「置換」を用いた行列式の定義が自然と出てくることにも言及しています。

今回の記事では、その中で示した定理「多重線形性・交代性をもつ写像が行列式の定数倍となる」ことを用いて、「積の行列式」=「行列式の積」を成分計算なしで示すという内容を紹介しようと思います。

ちなみに、いずれも斎藤正彦著「線形代数入門(東京大学出版会)」の中で記載されている内容になります。前後の文脈を含め、詳細が気になる方はそちらを参照いただく方がより正確かと思います。

行列式の特徴づけの定理

前回紹介した定理を再掲します。

行列式の特徴づけの定理

\(n\) 個の \(n\) 次元列ベクトルの組 \(x_{1}, x_{2}, \ldots, x_{n}\) に対して、スカラーを対応付ける写像\(F(x_{1}, x_{2}, \ldots, x_{n})\) が、多重線形性および交代性をもつならば、\(F\) は写像\({\rm det}\)の定数倍となる。
つまり、
$$
\begin{aligned}
F(x_{1}, x_{2}, \ldots, x_{n}) &= F(e_{1}, e_{2}, \ldots, e_{n}) \ {\rm det} (x_{1}, x_{2}, \ldots, x_{n}) \\
&= C \ {\rm det} (x_{1}, x_{2}, \ldots, x_{n})
\end{aligned}
$$

が成り立つ。ただし、\(e_{1}, e_{2}, \ldots, e_{n}\) は \(n\) 次元単位行列、\(C\) は定数である。


多重線形性・交代性に関しては前回の記事を参照ください。

この定理を上手く使うことで、「積の行列式」=「行列式の積」を簡単に示すことができます。

そうでない場合は、置換を用いた行列式の定義式から丁寧に示すことになりますが、そんな煩雑なことをしなくてもOKということですね。

「積の行列式 = 行列式の積」について

この定理の主張を正確に書くと以下のようになります。

定理

2つのn次正方行列の積の行列式は、それぞれの行列式の積に等しい。


以下、上記で述べた行列式の特徴づけの定理を用いてこれを示します。

証明

\(A\)を一つの\(n\)次行列、\(X\)を\(n\)次の「変数行列」とし、\( X = (x_{1}, x_{2}, \ldots , x_{n}) \) とする

※ \(x_{i} \ ( i=1,2,\ldots ,n )\) は \(n\)次元数ベクトル

ここで、行列の積\(AX\)の行列式\(|AX|\)を考えると、これは変数ベクトル \( x_{1}, x_{2}, \ldots , x_{n} \) に対し、スカラーを対応させる写像となっているから、関数\(G(x_{1}, x_{2}, \ldots , x_{n})\)として、以下のように表現できる。

$$
G(x_{1}, x_{2}, \ldots , x_{n}) = {\rm det}(Ax_{1}, Ax_{2}, \ldots , Ax_{n}) = |AX|
$$

関数\(G\) は、多重線形性交代性をもつ。このことは、\(Ax_{1}, Ax_{2}, \ldots , Ax_{n}\) を \( a_{1}, a_{2}, \ldots , a_{n} \) と置き直すと分かる。

まず、多重線形性に関しては、以下の通りである。

\(x_{i}\) を 定数倍して\( cx_{i} \) とすることは、\( a_{i}=Ax_{i} \) を \(A(cx_{i})=cAx_{i}=ca_{i}\)と定数倍することに対応するので、関数\(G\)において、ある要素を定数倍した結果は次のように書ける。

$$
\begin{align}
G(x_{1}, x_{2}, \ldots ,cx_{i}, \ldots , x_{n}) &= {\rm det}(Ax_{1}, Ax_{2}, \ldots , cAx_{i} \ldots , Ax_{n}) \\
&= {\rm det}(a_{1}, a_{2}, \ldots , ca_{i} \ldots , a_{n}) \\
&= c \ {\rm det}(a_{1}, a_{2}, \ldots , a_{i} \ldots , a_{n}) \\
&= c \ G(x_{1}, x_{2}, \ldots , x_{n})
\end{align}
$$

この式は、\(i = 1,2,\ldots , n\)のすべてに対して成り立つため、多重線形性の定義そのものである。このことから、関数\(G\)は多重線形性を持つことが分かる。

次に、交代性に関しては以下のとおりである。

ある\(n\)文字の置換\(\tau\)を用意する。これを用いて、\(G(x_{1}, x_{2}, \ldots , x_{n})\)の要素の順番を入れ替えたものである\(G(x_{\tau(1)}, x_{\tau(2)}, \ldots , x_{\tau(n)})\)を考える。

この式は、多重線形性と同様にして以下のように書き換えることができる。

$$
\begin{align}
G(x_{\tau(1)}, x_{\tau(2)}, \ldots , x_{\tau(n)}) &= {\rm det}(Ax_{\tau(1)}, Ax_{\tau(2)}, \ldots ,Ax_{\tau(n)}) \\
&= {\rm det}(a_{\tau(1)}, a_{\tau(2)}, \ldots , a_{\tau(n)}) \\
&= {\rm sgn} \tau \ {\rm det}(a_{1}, a_{2}, \ldots , a_{n}) \\
&= {\rm sgn} \tau \ G(x_{1}, x_{2}, \ldots , x_{n})
\end{align}
$$

したがって、関数\(G\)は交代性も持つことが分かる。

関数\(G\)は多重線形性交代性を持つので、行列式の特徴づけの定理から、関数\(G\)は行列式の定数倍に等しく、それは以下のように書けることが分かる。

$$
G(x_{1}, x_{2}, \ldots , x_{n}) = G(e_{1}, e_{2}, \ldots , e_{n}) \ {\rm det}(x_{1}, x_{2}, \ldots , x_{n})
$$

ここで、\(e_{i} (i=1,2,\ldots ,n)\)は単位ベクトルである。したがって、\(G(e_{1}, e_{2}, \ldots , e_{n}) = |AE| = |A|\)である。

以上より、\(G(x_{1}, x_{2}, \ldots , x_{n}) = |A||X|\)となる。関数\(G\)は、行列式\(|AX|\)を書き直したものだったので、結局

$$
|AX| = |A||X|
$$

が示されたことになる。[証明終]


まとめ

以上のように、「行列式の特徴づけの定理」を用いることで「積の行列式」=「行列式の積」成分計算をすることなく証明することが可能であることを紹介してきました。

ある定理の証明について別解を知っておくことは、視点を広げるだけでなく、その対象について更に理解を深める上でも重要なことだと思います。

特に、今回の証明は行列式についてかなり本質的な性質を利用した証明であるため、その性質が簡易に示せるという点で、示唆に富む内容ではないかと思います。

今回は以上です。勉強中の方の参考になれば幸いです。

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